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山で拾った男が冬を約束した
山で拾った男が冬を約束した
Author: 운디네J

第1話 森から現れたもの

Author: 운디네J
last update publish date: 2026-10-18 21:29:53

死ぬ前に、一度だけやってみたかった。

それで本当に死にかけるなんて、思ってもいなかった。

イヒョンは木の幹に背を預け、息を呑み込んだ。吸い込んだ空気が、胸の真ん中でつかえた。咳をこらえようと口を押さえても、湿った森に乾いた音が漏れた。

さっきまで聞こえていた人の声は、消えていた。

「ドユン……」

返事はなかった。

携帯の画面には、「圏外」の文字だけが浮かんでいた。

一度だけ、山に登ってみたかった。

秋が終わる前に。

ほかの人と同じように自分の足で歩いて、木々の間から差し込む日を見たかった。

たった、それだけだったのに。

イヒョンは最後の錠剤を、水も飲まずに呑み込んだ。喉に引っかかり、しばらく咳が止まらなかった。涙がにじんだ。

「道さえ、見つかれば」

登山靴の中で、足首がずきずき痛んだ。来た道をたどり直すのは、何度目だろう。どちらを向いても、見覚えのない景色が続いていた。

霧が低く流れた。

そのときだった。

がさり。

イヒョンは止まった。

右手の茂みからだった。風かと思ったが、頭上の葉は動いていない。

がさり、がさり。

何かが枝を押し分けていた。

イヒョンはゆっくり後ずさった。足元で小石が転がった。音は一度やみ、次にはもっと近い場所で鳴った。

ぽきり。

太い枝が折れた。

茂みが割れた。

最初に見えたのは、斧だった。

刃先の水滴が落ちた。続いて大きな手と太い腕、濡れた髪の下の黒い目が現れた。男は肩で枝を押しのけ、イヒョンを見下ろした。

大きすぎた。

息もできず、イヒョンは後ずさった。

「そこ――」

男が手を伸ばした。

かかとの下にあるはずの地面が、なかった。

視界がひっくり返った。肩が岩にぶつかり、体が一回転した。伸ばした手でつかんだ草は、根ごと抜けた。

最後に聞こえたのは、悪態だった。

それから、誰かが斜面を駆け下りてくる音。

* * *

ムジンは斧を放り出し、倒れた人のそばに膝をついた。

「聞こえますか」

返事はなかった。

濡れた髪が頬に貼りついていた。顔を覆う髪を払おうとして、ムジンは手を止めた。泥のついた手のひらをズボンで拭い、それから、そっと額にかかる髪を上げた。

小さな顔だった。

うなじも、袖からのぞく手首も、ひどく細かった。

息はあった。頭や手足を確かめていると、かすかなうめきが漏れた。

「動かないで」

まぶたが少し持ち上がった。

「……人、だった」

「何だと思ったんだ」

答えの代わりに、唇が震えた。

ムジンは腿の下に腕を入れた。持ち上げると、痛むのか、体が縮こまった。姿勢を変えて背負い、力なく垂れた腕を自分の肩へ回した。

軽すぎた。

背中に触れる体は、濡れた服越しにも冷たかった。ムジンは上着を脱いで掛け、斜面を上った。

放り出した斧は、あとで取りに来ればよかった。

* * *

小屋に着くころには、雨脚が強まっていた。

ムジンは寝台に寝かせ、まず火をおこした。濡れた上着を慎重に脱がせた。その下の服へ手をかけようとして止め、乾いた毛布を二枚持ってきた。

外で暮らしてきた自分とは違った。

むやみに触れてはいけない気がした。

靴を脱がせると、足首が腫れていた。きれいな布を湿らせて泥を拭き、畳んだ毛布で脚を支えた。

細い手が、手首をつかんだ。

「……行かないで」

ムジンは固まった。

寝言なのか、目は閉じたままだった。指に力もなかった。少し動けば、抜けられた。

それでも、座った。

「どこにも行きません」

つかまれた手首を見下ろした。脈を確かめるための手だったのに、妙に自分の鼓動のほうが気になった。

十年間、この寝台に横になるのは自分だけだった。

部屋に、ほかの人の寝息があった。

慣れなかった。

けれど、嫌ではなかった。

そう思った途端、ムジンは顔を上げた。壁の古い斧の下に、老人が残した箱があった。蓋の隅の紋章を少し見て、目をそらした。

窓を打つ雨音が激しくなった。このままでは沢を渡れない。夜が明けたら、道を確かめなければならなかった。

毛布を肩まで引き上げた。

相手が、その手に頬を寄せた。

ムジンの指先が止まった。

女だ。

だから、大丈夫だ。

まだ名前も知らない人を見つめながら、ムジンは、遠い昔に捨てた言い訳を、もう一度信じることにした。

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